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【書評】小川洋子「人質の朗読会」-深く心の奥底にまで届く8つの物語

 第一夜から第八夜まで、ここに書かれた8つの物語は、タイトルの通り、ゲリラに捕まった人質たちが、地球の裏側にある土地で夜毎語った物語だ。といっても、リアルな設定ではない。あくまで、この短篇集のくくりとしての設定だ。これらの話を語るために、こういう設定を生み出したのか、全体のテーマを追求していく中で、こういう設定が浮かび上がったのか。いずれにしても、小川洋子という人はスゴい人である。

 

 語られるのはどれもが静謐な物語だ。そして、少し奇妙。その静謐で奇妙なところが何ともいい。「やまびこビスケット」の主人公は、大家のおばあさんとアルファベットのビスケットでいろいろな単語を作る。「B談話室」の彼は、ふと入った公民館で「危機言語を救う友の会」のメンバーや「運針倶楽部定例会」の婦人たちと時を過ごす「槍投げの青年」では、おばさんがなぜか青年のあとを付け、その投擲を盗み見る。

 

 ここにあるのは、語り手たちが人生の中でほんのつかの間、出会った人々の話だ。どこか優しく温かい気持ちになれるようなそんな物語だが、一方で、語っている彼ら自身の孤独も垣間見えてくる。極限ともいえる軟禁状態の中で、人質たちは過去と向き合い、自らと向き合う。

 

 第九話はゲリラグループの動向をうかがうため、盗聴器から彼らの行動の一切を聞いていた男の話だ。彼は人質たちの物語を聞きながら、ハキリアリの行進を思う。「自らの体には明らかに余るものを掲げながら」黙々と歩むアリたちのことを。「自分が背負うべき供物を、定められた一点へと運ぶ」ことだけを考えている彼らのことを。これは深く心の奥底にまで届く物語である。

 

○小川洋子「人質の朗読会」は、2014年2月中公文庫で文庫化されました

 2011.4.4 4月になりましたが、井の頭公園の桜はまだまだ。水曜日以降、気温が上がるみたいなので満開はそれからでしょうか。ま、花は咲いても、春はなかなかやって来そうにないけれど…。

 

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