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【書評】川上弘美「神様 2011」-「あのこと」を経験した後の私たちの物語

 川上弘美の話題作であり、問題作。「神様」と「神様 2011」が収録されている。「神様」は1994年にパスカル短篇文学新人賞を取った彼女のデビュー作。まずはこれを再読してから「2011」を読んだ。この小説は、あの原発事故のあとの世界を舞台にしている。ストーリーはまったく同じだ。たとえば冒頭、「くまにさそさわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどのところにある川原である。春先に、鴫を見るために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして弁当まで持っていくのは初めてである。」が「くまにさそさわれて散歩に出る。川原に行くのである。春先に、鴫を見るために、防護服をつけて行ったことはあったが、暑い季節にこうしてふつうの服を着て肌をだし、弁当まで持っていくのは、「あのこと」以来、初めてである」となっている。

 

 えっ?な、なに?くまにさそわれて?未読の人はこの設定にも驚くかもしれない。「神様」はなかなかの小説である。その小説に、時折、被曝量だとかストロンチウムだとかセシウムなどという言葉が挿入されていく。もちろん、読む者に新鮮さと刺激を与えた物語はバランスを失い、なんともいえない読後感を残す物語に変わる。

 

 作者もそれはわかっているのだろう。わかっていながらも川上弘美はこの形で、自らのデビュー作を再び,世に出そうと考えたのだ。それはやむにやまれぬ思い、と言えばいいのだろうか。もう「神様」の物語は存在しない。そこに確かにあったはずの大切なものも消え失せてしまった。僕らは「あのこと」を経験してしまったのだから。巻末に作者のあとがきが付く。

 

○「神様」の書評はこちらです


             

2011.10.19 なんだかやたらと寒いではないか。読書は北村薫「鷺と雪」、この人の小説を読んでるとなんだかいい気分になれる。

 

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