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【書評】津村記久子「とにかくうちに帰ります」-あるようなないような…ボヤッとしたリアル感がいい

 いやぁ、津村記久子っておもしろいなぁ。これは「職場の作法」という大タイトルがついた4つの連作短編と「バリローチェのファン・カルロス・モリーナ」、表題作「とにかくうちに帰ります」が収められた作品集。前の2つは同じ職場の同じ人々が主人公で、僕は表題作よりこちらの方を随分とおもしろく読んだ。

 

 先輩である田上さんと浄之内さん、そして語り手である鳥飼嬢。「職場の作法」で語られるのは地理情報会社で働く女性たちの日常だ。それは、たとえば、田上さんの自らのルールにしたがった仕事の進め方だったり、浄之内さんにちょっかいを出す部長の話だったり、人の持ち物を平気で失敬しちゃう定年前のおじさんの話もおもしろい。「バリローチェの〜」は、アルゼンチンの地味なフィギュアスケート選手をめぐる鳥飼嬢と浄之内さんの静かなバトル…。

 

 この2編は、職場とその人間関係を描いているのだが、作者独特のユーモアもあり「リアル」な話とはちょっと違う。あるようなないような、いるようないないような、わかるようなわからないような。この「ボヤッとしたリアル感」が何だかいい。そしてそれは、1本の補助線を引けば確実に自分の日常や人生に行き当たる。読みながら、いつの間にか大したこともないわが人生について考えている自分がいた。ううむ。この人の小説、もっと読まなくては。

 

 表題作は豪雨のためバスが停まってしまい、橋を渡り本土の駅まで歩くことを余儀なくされた人々の話。雨と寒さの中、ただただ家に帰り着き、暖まりたいと願う彼ら。ここには、非日常の中に日常がある。この短編でもまた作者のユーモアのある文章が巧みで、豪雨の中、帰りを急ぐ人々を見事に活写していく。読み終わると不思議なことに元気になるような小説。そして、これ、しばらくたつと無性に再読したくなってくるのだ。

 

◎「とにかくうちに帰ります」は2015年9月2、新潮文庫から文庫になりました。

2012.8.29 いったいいつまで暑いのかな?読書は綿矢りさ「ひらいて」を読了したばかり。あ、そろそろパラリンピックが始まるぞ。

 

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