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【書評】窪美澄「クラウドクラスターを愛する方法」-「家族」を通して自分を見つめる、窪美澄の新作がとてもいい

 「ふがいない僕は空を見た」の窪美澄の最新作を読んだ。表題作「クラウドクラスターを愛する方法」と短編「キャッチアンドリリース」が収録された3冊目の小説集だ。表題作、軽い感じで始まるので、おぉ今回はライトな物語なのか、と思ったが、だんだんとあの前のめり感のある文章になってきてうれしくなる。窪美澄はやっぱりこうじゃなくちゃ。ま、後半はまた、やわらかな感じに戻るのですけどね。

 

 「大晦日の朝、三年間いっしょに暮らしていた向井くんが出ていった」というフレーズでこの小説は始まる。語り手は主人公の紗登子。売れないイラストレーターだ。彼女は休み明けに渡す予定のイラストを寝ないで仕上げて、東武東上線沿線にある母となさぬなかの父の住むマンションに向かう。ここから、向井くんとのこと、3年前に再会した母親とのこと、彼女のこれまでのことがしだいに明らかになっていく。イラストレーターとしての営業の日々、出版社に勤める男との恋愛も赤裸々に語られる。ここで描かれるのは結婚をゴールという人生ではなく、とはいえ、仕事はうまくいかず、自分の能力にも自信を持てない等身大の30前の女性だ。そんな彼女は「人生がうまくいくか、いかないか、それは生まれつき持っている運なのだろうか。輝くような人生の流れに乗るためのボートは、どこにあるんだろう」とつぶやいたりする。

 

 一方で彼女は「家族という確かな足場を作って、それを手がかりにして、社会に居場所を作っていくことが怖い」のだ。紗登子には家族というものがしっくりこない。父母との関係も微妙だ。後半に登場する母親の一番下の妹である克子おばさんがいい。なんだか自由で楽しそうに生きている感がある。その先の未来で「今よりもっと深い呼吸がしたい」と願う紗登子の救いとなってくれる人だ。

 

 いろいろあるけれど結局は、自分らしく生きていくことでしか道はひらけないとこの小説は教えてくれる。そして、そのためには日だまりのような場所が必要だということも。作者はこれまでの物語と同様にラストでささやかな希望を提示することを忘れない。というか、窪美澄はそのために物語を綴っているのだと僕は思う。主人公と同じ想いを抱えた何万何十万という人々にエールを送るために。「キャッチアンドリリース」もいいぞ。

 

◎「クラウドクラスターを愛する方法」は2015年11月、朝日文庫で文庫化されました。

2012.12.4 フジテレビの勘三郎追悼番組を録画で見る。転移があったんだなぁ…。未だに彼の死が信じられない。読書は当分「ソロモンの偽証 第2部決意」。

 

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