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【書評】村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」-巡礼の旅への強い共感がある

 フィンランドで主人公のつくるが「クロ」ことエリと再会する場面がとてもいい。高校時代に各々が分かちがたい存在と感じていた仲間からつくるが絶縁される前半部にはまったくと言っていいほど色彩を感じない。グレーゾーンである灰田の話を挟み、巡礼の旅に入ってから、しだいしだいに物語に色が戻ってくる。そして、フィンランド行き。話が海外に出て初めて、僕自身の心が開放されるのを感じた。仲間の1人だったエリとの再会。2人が過去を、さらには現在を真摯に語り合うその場面には、彼らの魂の痛みと哀しみが感じられ、強く心を打たれた。

 

 高校生の時からずっと、自分のことを目立った個性や特質を持たない平凡な人間だと思い、色彩豊かな他の4人とは明らかに違うと感じていたつくる。そんな彼が受けた一方的な絶縁。青春のただ中にいる人には理解しづらいかもしれないが、若い時期に負った心の傷を癒せないまま生きている人間は多い。そのままダラダラと生き続けるのか、どこかでその過去と別れを告げるのか。

 

 昔の仲間と再会するというつくるの旅は、彼が人生で初めて強く心を惹かれた女性沙羅からの提案だった。すべてを聞いた彼女は、つくるは依然として問題を抱えていて、その何かが2人の関係を損ないかねないと感じたのだ。巡礼の旅はつくるが過去の痛みと対峙し、次のステップへと進むために必要なものだった。そこで初めて、つくる自身も色彩を持つ人間へと新たな歩みを始めたのだろう。

 

 個人的には羊男やリトル・ピープルが出てきて、月が2つあったりする世界の方が好きだけれど、僕にとっては、これもまた心に残る物語だった。

 

◯村上春樹のその他の本のレビューはこちら

 

◎「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は2015年12月、文春文庫から文庫になりました。

2013.5.26 今週はもう梅雨の走りだそうだ。しかも、今年は雨が多いとか。ううむ。読書は村田紗耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」。

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