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あの名作「獣の奏者」の外伝である。主人公エリンの少女時代の1、2巻、母となってからの3、4巻、外伝のメインとなる2つの物語「刹那」と「秘め事」はその間に位置している。前者はエリンと夫イアルの恋の物語、そこに2人の子ジェシの出産の場面をオーバーラップさせている。後者はエリンの師エサルの若き日の恋の物語だ。物語を紡ぐということはこういうことなのだな、と改めて思った。きちんとした形にはなっていなくても、作者の心の中には、エリン、イアル、エサルの人生がちゃんとある。外伝という形で日の目を見ることは、まさに心の中にある物語をより美しく整った形で紡いでいくことなのだろう。その幸せは当然作者にもあり、我々読者にもある。
エリンとエサル、この2人の女性は、共に自らの運命にあらがいながら生きている。永遠の幸福を捨て、刹那でも喜びがあればと思っている。エリンがイアルという男とつき合うこと、さらには子を宿すことには、本当に厳しい決断が必要だったはずだ。エサルが貴族という身ですべてを投げうち、獣ノ医術師になることは、家族をはじめ周囲の人々の運命を大きく変えてしまう危険があった。この物語が心にズシリと響くのは作者に人間の「生」についての深い考察があるからに違いない。エリンもエサルも心は鋼のように強い。しかし、その人生の中で多くのものを捨て去って来た。捨てなければ手に入らない大切なものがあったのだ。
ピンと緊張感のある2編の後に、短い「初めての…」という掌編、そのやわらかく暖かい描写が心地よい。上橋菜穂子の文章は静謐で美しい。そのことを改めて思った外伝でもあった。
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◎「獣の奏者 外伝 刹那」は2013年10月、講談社文庫で文庫化されました。
2010.9.30 いよいよ9月も終わり。10月は読書関連の行事も多く、まさに読書の秋。中島さなえ「いちにち8ミリの。」を読み始めました。
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