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これはまぎれもない傑作!「夕凪の町 桜の国」と並ぶこうの史代の代表作だろう。彼女の作品を比類なきものにしているのは、キャラクター設定の見事さと常にユーモアを忘れない表現にある。この2つがあればこそ、戦争、そして、原爆の悲劇を描きながらも暗いだけの物語になってはいない。それが読む者にとって大きな救いなのだ。
「この世界の片隅に」の主人公は北條すず。何を考えているのかよくわからない、ちょっとドジなところもある少女だ。のんびりとした性格のこの18歳の女性が広島から呉へと嫁ぐ。時は昭和18年から19年へ、もちろん戦時下の暮らしだ。しかし、後半になるまで戦況自体が描かれることはない。ここで描かれるのは、すずと北條家、そして実家の人々の「銃後の暮らし」である。すずと夫である周作との初々しい愛、ちょっといじわるな義姉との心のつながり、娼婦であるリンとの友情などなど、人と人が生きている確かな暮らしがそこにはある。こうの史代の表現は、いつも通り多彩だ。ある回では「愛國いろはかるた」なるものを再現したり、「とんとんとんからりと隣組」の歌に合わせたほとんどセリフなしの回があったり、当時の献立をくわしく描いたり。何度もくり返し見たくなるページが多い。
物語は敗戦に向かい突き進んでいく。呉という町は、帝国海軍の拠点、広島の軍都だ。空襲は日に日に激しくなり、そんな中ですず自身にも悲劇が起こる。そして、広島の町にはついに…。この後半にいたってもこうの史代の表現にはブレがない。原爆の描写も過剰にはならないし、ユーモアも忘れない。「人間」を見る作者の目はあくまで優しい。敗戦後を描いたエピローグ的な5話が素晴らしい。すずをはじめとする人々の健気さ、強さが心を打つ。そして…、カラーで描かれた呉の町の美しいこと!市民の側から戦争を描いてこれは本当に見事な物語である。
2011.8.26 東京は午後から雷雨。明日まで降り続くようだ。政局も荒れ模様でどうなることやら、という感じだが。いくら待っても晴れ間などあらわれそうもないのが悲しい。
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