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【書評】村上春樹「騎士団長殺し」-こういう着地点が村上春樹ワールドにあるなんて!

 このラストにはちょっと驚いた。あまり書いてしまうのはネタバレになるからやめたいのだけれど、こういう着地点が村上春樹ワールドにあるなんて!それが3.11の直後のこととして描かれているのにも大きな意味があると思う。  

 

 肖像画家である主人公の「私」は妻から理由もないままに離婚を言い渡され、それを受け入れるが、そのことで深く傷ついている。そして、小田原郊外の山頂の家で一人暮らすことになるのだが、孤独と共にあることで自らを律している、そんな感じがする。この物語の鍵を握っている2人の人物、谷間を隔てた山頂に住む隣人の免色というちょっと変わった男も、絵画教室で出会い彼の絵のモデルになる秋川まりえという物静かな少女も同じく孤独と共にある。

 

 スバルフォレスターの男、天井裏の日本画、夜中の鈴の音、閉ざされた石室、死んだ妹、突如顕れる騎士団長、ナチ高官の暗殺未遂事件などなど、物語自体すこぶるおもしろく、村上春樹の比喩もまた冴え渡る。

 

 最終的に主人公は騎士団長にいざなわれるように、異界に入り苦難の末にそこを抜けだす。彼は彼自身のためではなく他の人間のために何やらわからない世界に身を投じたのだ。その結果として、心の傷は癒やされ、孤独とは一番離れた場所にたどり着く。

 

  この物語にはいろいろなテーマがある。ナチスドイツや南京大虐殺のような歴史的な事件とそこで人々が負った心の傷なども主人公たちの痛みとつながっていくような気もするのだけど、そのあたりのことは僕にはよく分からない。

 

 「騎士団長殺し」という物語を読んで一番印象的だったことは、「私」が自分の力だけではなく様々な他の力をも信じることができるようになったことだ。それを推進力にして前に進もうとしていることだ。だからこそ彼は最後に「あの場所」にいるのだろう。

 

 「信じるしかあらない」、彼は騎士団長にそっと囁かれたのかもしれない。

 

◯この本は2019年2月と3月に、新潮文庫で文庫化されました。

◯村上春樹の他の本の書評はこちら

  

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