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【書評】窪美澄「トリニティ」-1964年、出版社で出会った3人の女性の仕事と人生をリアルに描いた傑作小説!

 これは今年のマイベスト候補。直木賞にもノミネートされているので発表が楽しみ。多分、取れるでしょう!これを落とすようなら選考委員はアホだ。

 

 「平凡パンチ」「anan」などを出した頃の平凡出版(現・マガジンハウス)を彷彿させる出版社が舞台。1964年、東京五輪の年にこの会社で出会った3人の女性の物語だ。恵まれない子供時代を過ごしたイラストレーターの妙子(ペンネームは早川朔)は、自ら売り込んだ作品が目に留まり新雑誌の表紙に抜擢される。親子三代の物書きで母親が有名な作家だったフリーライターの登紀子は、その新雑誌で頭角を現し、なくてはならない存在になる。同じ出版社に事務職として入った鈴子はその後、専業主婦の道を選ぶ。三者三様の生き方、そして、考え方。自らの人生で何が欲しくて、何を犠牲にするのか、それともしないのか。

 

  物語は妙子の死から始まる。その葬儀で再会する年老いた登紀子と鈴子。鈴子が連れてきた孫の奈帆は出版社に就職したものの軽い鬱になり引きこもっている。この奈帆が登紀子に興味を抱き、昔の話を聞くという導入部が巧い。さらに、この「話を聞く」という設定から、それぞれの回想へとスムーズに移行していく構成も見事だ。

 

 エポックとなる1つのエピソードがある。それは、3人が出版社を抜け出し物見遊山で出かけた1968年10月21日国際反戦デーの出来事だ。学生たちと機動隊がぶつかり合う新宿の騒乱を目の当たりにして、次第に興奮してくる3人。ついに機動隊に向かって石を投げ、自らの思いを叫び始める。

 

「お茶くみなんか誰にもできるって馬鹿にしないで!」

 

「馬鹿な男どもの下で働くなんてもううんざり!」

 

「男の絵なんか描きたくない!好きな絵を好きなだけ描きたい!」

 

 さらに鈴子は妙子に、今ここにいる女性たちを描いて欲しい、と願うのだ。この場面は3人それぞれの思いが吐露されていることで強く印象に残った。60年代の日本、働く女性たちを取り巻く状況は決して恵まれたものではなかった。

 

  妙子と登紀子はもがきながらも必死でクリエイターとしての人生を切り拓いていく。物語ではその成功を描きながらも、それぞれの苦悩、周囲との関係、将来への逡巡などもしっかりと語られている。それだけではない。次第に仕事に陰りがみえ、歳をとると共に社会から忘れ去られてしまう晩年の様子まで、結婚生活も交えながらしっかりと描いている。2人とは対極にある専業主婦の鈴子に対しても作者はその人生を否定していない。

 

 終盤にもう一つ印象的な場面がある。登紀子の話を聞き終えた奈帆が今までのものを原稿にまとめて手渡す。手直ししてくれ、という言葉に反応し登紀子が原稿に次々と赤を入れていく。このシーンは後半のトピックであり、終盤へとつながる大切な場面だ。実はこの物語で奈帆の存在はとても大きい。3人の思いを受け継いでいく大切な役割を持った若者。そして、そんな彼女が締めくくるラスト。すべての女性クリエイター、いやすべての女性たちへのエールとも言えるこのラストは涙なしに読むことはできない。

 

 窪美澄の小説はその中心にキシキシと軋みを感じるものが多いのだが「トリニティ」はちょっとだけ違う。中心が丸く、その代わり太陽のように熱く静かに燃えている。多くの人々に読んでもらいたい一冊だ。

 DATA◆窪美澄「トリニティ」(新潮社)1700円(税別)

 
◯勝手に帯コピー〈僕が考えた帯のコピーです〉

 

イラストレーター、フリーライター、事務職から専業主婦

確かに生きてきたのだ、

この時代を、女性として。 

 

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