いやいやいやいや、これまたクレイジー沙耶香全開の短編集。表題作の「生命式」が最初に入ってるのだけど、これがなんとも強烈で度肝を抜かれる。帯に「文学史上、最も危険な短編集」とあるけれど、まぁそれほどではないがなんだかヤバい。
その「生命式」。退職した会社の先輩中尾さんの死を知った主人公のOL池谷さん。一つ上の先輩が「中尾さん、美味しいかなぁ」なんて言い出すものだから、あぁ早くも!とビビってしまう。生命式というのは「死んだ人間を食べながら、男女が受精相手を探し、相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行う」というものだ。人口が激減して人類滅亡の不安感が世界を支配したあたりから、「増える」ということが正義になって、命が命を生む「生命式」のスタイルが浸透していったらしい。
ただ池谷さんはこの状況に疑問を抱いている。30年前と価値観がまったく違ってきたことに納得がいかないのだ。詳細に描かれる中尾さんの生命式、さらに同じ会社で気があった山本の死と生命式。それらを通して池谷さんの生命式に対する気持ちにも変化が表れる。山本の式の後で出会ったある男が「正常は発狂の一種でしょう?この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだ」というフレーズが忘れがたい。
この本には12の短編が収録されているが、古いのから新しい話まで9年のスパンがある。その間の変化は少し感じるが、彼女の場合ずっと、短編は常識的なもの、道徳的なものへの挑戦、という意識が強いような気がする。その挑戦の切っ先が読む側に向けられる。それはクレイジーだけではすまされない鋭さだ。
他の収録作では街の破片を食べることで自らが街と同化する女性を描いた「街を食べる」、自分には性格がない、と気がついた女の物語「孵化」が好き。結局この人は人間というもの、命というものの奇妙さ、不思議さを見ているんだと思った。
DATA◆村田沙耶香「生命式」(河出書房新社)1,650円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
クレイジーじゃなければ
書けない小説がある。
◯「生命式」は2022年5月に河出文庫で文庫化されました。
2019.12.3 さてそろそろ、アレとかアレとかアレを始めなくちゃ。読書は原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」。これ、なかなかおもしろい。
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