谷口ジローの「歩くひと」、初版というか最初のコミックは1992年に出ている。雑誌に掲載されたのはバブル末期の1990年。人々がまだ忙しく駆け回っていた時代だ。そんな時代に主人公が自宅の近くを歩きまわるだけのこのコミックが掲載された意味は大きい。なに急いでるんだ、と谷口さんは読む者に静かに語りかけている。
完全版が出たのはNHKでドラマ化されたからだろうか?うれしいのは判型が大きいこと。谷口さんの絵は細かなところまで描き込んであるから大きい方が断然楽しめる。ほら、表紙の絵もいいでしょう?話は全17話、さらに、連載時に毎回掲載されていた「近況報告」と単行本化時の「作者の言葉」を収録した別冊読本「谷口ジローが『歩くひと』を描いた日々」が付いている。巻末には欧州のコミック誌「BANG!」に描き下ろしたカラー版2話も載っていてうれしい。
それにしてもこの主人公、なんだかおもしろい。引っ越した家の縁の下から犬が出てきた話から始まるのだが、ゆきと名付けられたこの犬と散歩したり、1人でぶらぶら近所を歩いたり。鳥たち、花や樹々、川辺の風景、行き交う人々の様子を楽しみながら彼は歩き続ける。この人がおもしろいのはやることが自由すぎるのだ。駄菓子屋で買った紙風船をぱんぱんとつきながら街を歩いたり、子供たちが引っかけた模型飛行機を木に登って取ってあげたかと思ったら、そのまま樹上から遠くの景色を楽しんだり。雨に濡れるのもへっちゃらだし、ついには、夜の学校のプールに忍び込んで素っ裸で泳いだりしちゃう。
でも、なんだかいいんだよなぁ。バブルの時代でもそうだろうが、読んでいるだけで忘れていた世界に連れて行ってくれる。見えないものが見えてくる。早足で歩く必要などないのだ。のんびりと周りの景色を楽しみながら。
DATA◆谷口ジロー「歩くひと 完全版」(小学館)2750円(税込)
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◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
歩けばいいのだ、
ただ歩けばいいのだ。
2020.11.25 GoTo中断、なんだか中途半端で効果なんて期待できなさそう。読書は朝井リョウ「スター」。
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