最初は「推し、燃ゆ」の変形のような物語なのかと思った。まず、冒頭の一行でグッと引き込まれる。
せれながリアンに恋したのは、もう二十年も前のことだ。せれなは現在三十一歳、リアンは生きていれば六十二歳になる。
リアンというのはイギリスの世界的バンド「ザ・カップス」のメインボーカル。32歳でこの世を去った伝説のロックスターだ。せれなが恋に落ちてしまった時、彼はもうこの世にはいない。没後10年のテレビ番組でその存在を知ったせれなは画面から目が離せなくなり、その美しい男は彼女のすべてとなった。
過去のスターに夢中になる、という話はたぶん以前にもあっただろう。この「恋」がどのような展開を見せるのか、それなりに楽しみに読み進めていくと「えっ?」と驚く記述があり、先に進めなくなってしまった。
せれなは実の父親から日常的に性的虐待を受けていた。リアンについていろいろと知ること、リアンたちの音楽を聴くこと、リアンと一緒の時間を夢見ること。それはすべて辛い日常から逃れるためのことだったのだ。つい「逃れるための」と書いてしまったが、せれなの行動は決して「逃避」とか「妄想」なのではない。木崎みつ子はそのように描いてはいない。
せれなとリアンはいろいろな場所で出会い、いろいろなことを語り合う。ヨーロッパツアーに同行し、イタリアを旅し、彼の部屋で愛し合う。そこにはピュアな魂があり、救済の時がある。交互に表現される現実の描写とリアンとの時間!
そして、息をのむようなラスト!その美しく哀しいイメージの広がりは忘れがたい。そのイメージが残る中での最後の一行の強烈さも。すばる文学賞受賞、芥川賞ノミネートの傑作! ◆DATA 木崎みつ子「コンジュジ」(集英社)1400円(税別)