「わたしを離さないで」の書評で僕は不遜にも「世界名作文学全集レベル」みたいなことを書いた覚えがあるけれど、ノーベル賞受賞第1作となるこの小説は児童文学的なタイトルと文体でちょっと驚いた。「クララとお日さま」は、大人のための児童文学の傑作、といってもいいのではないか。
語り手となるクララはAFと呼ばれる子供たちのために作られた人工親友だ。ジョジーという女の子に気に入られ彼女の家に行くことになるのだが、ジョジーと一緒に来店しAF選びをする母親のクリシーはなかなかオッケーを出さず、読んでるものにちょっとした不安感を抱かせる。母親を最終的に決断させたのはクララの驚くべき観察力。AFにも個性があり、クララは「周囲に見るものを吸収し、取り込んでいく能力」が飛び抜けていたのだ。
クララたちが暮らす世界は、遺伝子操作によって知能を高める「向上処置」なるものが当たり前だ。ジョジーの幼馴染で将来の「二人の計画」を持っているリックは、未処置のため差別を受けている。ジョジーは重い病気で体調がすぐれない。クララは2人のことを暖かく見守り、ジョジーの最良の友であることを願っているのだが…。
3部の終わりあたりから物語は急展開を告げる。太陽光をエネルギーとしているクララはお日さまへの思いが強く、それはすでに信仰に近い。「ジョジーに特別な助けを」とお日さまに強く訴えるクララの姿が心を打つ。4部での街行きで明らかになる母親クリシーのある計画は衝撃的だが、ここで初めて物語のテーマが見えてきた気がした。AIと人間とプリミティブな太陽、クララの純粋さと周囲の人間のいびつさ。AIの「心」と人間の心。無垢なクララの心を通して人間というものが垣間見えてくる。それにしても「その後」となる6部の「現実」のもの哀しさはどうしたものだろう?それを受け入れる術を僕はまだ知らない。
◆DATA カズオ・イシグロ「クララとお日さま」(早川書房)2500円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
クララは誰よりも強く彼女を救いたいと思った。
「お日さま、どうぞジョジーに
特別な思いやりを」
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