宇佐美まことは「展望台のラプンツェル」「ボニン浄土」を読んで興味を持った。というかとにかくこの人の小説はおもしろい。読み応えがある。「夜の声を聴く」は朝日文庫への書き下ろし作品。書評家の北上次郎はこの小説を2020年のエンタメベスト10の1位にあげている。
埼玉県南西部にある山裾の町春延市が舞台。主人公で語り手でもある隆太は自分の目の前で手首を切った女性百合子に強く心を引かれ、それをきっかけに彼女が通う定時制高校に自らも通うことになる。中2の時からひきこもりだった隆太は高校に行かず18歳になっても無職で孤独だった。
彼はその定時制で年下の同級生大吾と友だちになる。彼が働くリサイクルショップ「月世界」を手伝い始めるのだが、そこは「よろず相談承ります」とうたう便利屋でもあった。その周囲で起こる奇妙な事件。カブト虫の幼虫の大量死、市内随一の旧家・倉本家で起こる「化かしにくるタヌキ」問題など。頭の切れる隆太がその謎に挑んで行くので、これは素人探偵ものか、と思っていると驚くべき展開が待ち受けている。実はこの「月世界」という店、11年前に市中で起きた一家殺人事件とつながっているのだ。
これ以上のことは書くことができないが、この設定がなんだかすごく、そして、真相が明らかになっていくプロセスもスリリングだ。数学が得意で実はIQ138という隆太が倉本家の長男で科学者の廣紀にひかれ、共に謎を解いていくのがなんだかいい。そして、隆太と大吾の「今」が分かるラスト!ここには不思議なほどの喜びがある。「生きる希望」というものが確かに感じられるラストなのだ。
◆DATA 宇佐美まこと「夜の声を聴く」(朝日文庫)740円(税別)