ハン・ガン、その名前は何度か目にしていたがノーベル賞を受賞するまでは読んだことがなかった。何を読もうか、と思った時にタイトルに惹かれこの小説を選んだ。「新しい韓国の文学」シリーズの第1巻というだけでその評価の高さが分かる。
3つの物語が収録されているが連作と言っていい。それらの中心にいるのは平凡で特に魅力もなく短所もないと夫から思われているヨンヘという女性。夫、姉の夫、姉が語り手になって、彼女がしだいに精神のバランスを崩していくプロセスを明らかにしていく。ハン・ガンのすごさは読者をググッと引き込んでいくようなその文章。静謐さと激しさが同居している。
最初が表題作、ここでヨンへは奇妙で気味の悪い夢を見たことをきっかけに肉食を拒否するようになる。その後、家族の集まりで悲劇が起こって…。ここからヨンへの存在に強く惹かれる姉の夫が彼女をモデルにビデオアートを作る「蒙古斑」、姉がヨンへの入った病院を訪ねる「木の花火」と続くのだが、彼女の狂気はさらに深まっていく。
姉のインへも苦痛と不眠で苦しんでいる。「ふとこの世で生きたことがない、という気がして彼女は面食らった」「彼女は生きたことがなかった。記憶できる幼い頃から、ただ耐えてきただけだった」というその思いは、ヨンへの狂気やインへの痛みが社会自体の問題であることを提示している。ヨンへをその狂気を周囲のものが抑え込もうとするラスト近くの描写のスゴさ。自ら木になり、水だけが必要だというヨンへ。日常につながっている細いひもを放してしまった、放さざるを得なかった孤独な人間の深い哀しみがここにはある。 ◆DATA ハン・ガン「菜食主義者」(クオン)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)