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【ノンフィクション/書評】小林信彦「おかしな男 渥美清」-小林信彦だからこそ書けた本物のポルトレエ

 ワイドショー好きのおばさん(おじさん)がこの本を読んだら「渥美清ってさぁ、寅さんみたいじゃなくて、けっこう無愛想でヘンな人だったらしいわよぉ~」なんてこと言うんだろうな。小説家であり、喜劇や映画への造詣が深い小林信彦の「おかしな男 渥美清」は、長年交流があった渥美について、著者自身が「実際に見聞きしたことだけを書く」というポリシーのもとに書き上げた「ポルトレエ(肖像、性格描写)とでも称すべきもの」だ。

 

 この本で描かれる渥美清は、(当然のことだけど)寅さんとはまったく違う。野心家で、勉強家で、心の奥底に深い闇を抱えた男だ。車寅次郎というキャラクターに出会ったとき、「これで天下を取ってみせる」と豪語した渥美。彼の野心は、国民的人気俳優になることで達せられたようにみえたのだが、そうなっても彼は「何かを恐れるような生き方」をずっとしてきている。そこが僕には、何だかやたらとカッコよく魅力的だった。

 

 この本がいわゆる「喜劇人の伝記」と一線を画しているとしたら、その理由は著者にある。小林信彦には渥美清と同類のニオイがする。性格も非常に屈折してるし、孤立をいとわない生き方をしている。だから、渥美に対し愛憎相半ばするところがあるのだろう。それがこの本の複雑な味わいにつながっている。

 

 ラスト近く、病気をおしてのロケ地で、寅さ~ん、と手を振る見物人を無視し「いいんだよ、もう。おれはなにも欲しくない。ファンもなにもいいよ」とつぶやく渥美の姿には、やはり強く心を打つものがあった。

 

◎「おかしな男 渥美清」は2016年7月、ちくま文庫から新たに文庫化されました。

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