冒頭、主人公の一人である冬乃が故郷を出て海辺の町へ行く「思い」を語る。「森をつくる一本の樹だった私たちは、せっかく張った根を引き千切るようにして長野県を出た」、読み進めながらもこの言葉が心に突き刺さったように忘れられずにいた。それほどまでの思いで故郷を捨てなくてはならなかった理由は何なのだろう?
登場人物は多彩だ。冬乃とその妹の菫(すみれ)、ブラック企業に勤める冬乃の夫・佐々井とその部下・山崎君、菫の怪しい知人モリ。ワキの人物たちもなかなかいい。冬乃と菫がカフェを始める話や山崎君のブラック企業での話が物語の軸になるのだが、それよりも登場人物一人ひとりのことが気にかかる。各々が各々の立場でいろいろなモヤモヤを抱え生きている。幸せとか不幸とかさえ考えられず、生きることに精一杯な人間たち!
全体的にこの小説はタラ〜っとしてる、何かにググっと収斂したりしない。そこがいい。小説家は人を描きたがっている。彼らの心に寄り添い、その思いを僕らにしっかりと伝えてくれる。だからこそ、余韻は深い。
最初に書いた冬乃の思い、その理由はラスト近くになって語られる。人の中に人が巣食うという苦悩…。冬乃と川崎君、それでも生きていく、という思いを感じるそれぞれのラストが強く心に残る。この世の中をとまどいながら生きている人たちにぜひ勧めたい小説だ。
◯この本は2016年6月、角川文庫で文庫化されました。
2014.7.19 イマイチはっきりしない天気が続く。愛犬は雷が鳴るとひどく怖がる。読書、窪美澄ほかの「きみのために棘を生やすの」。
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