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【書評】佐藤正午「きみは誤解している」-競輪をテーマに運命にもてあそばれる人々のおかしみを描く

 文庫化されたのですぐに読んだ。と思ったら、これ何と2度目の文庫化だ。単行本は2000年に岩波書店から発売され、03年に集英社文庫に。僕が読んだのはこの3月に出た小学館文庫のものだ。当ブログでも以前から佐藤正午ファンだと言ってるのに、このプロセスをまったく知らない。やれやれ。インチキくさいファンである。

 

 「きみは誤解している」は6つの作品を収めた短編集だ。すべて競輪をテーマにした話である。登場するのは、競輪がなかなかやめられない男とそのことでギクシャクしている恋人、堅いと自分で信じているレースしか買わない信金勤めの女、子供の頃からひとりぼっちで今も働かず競輪だけで食っている男などなど。一人一人が人間くさくてグイグイと話にひきこまれていく。

 

 さて、この本、競輪ファンやギャンブル好きしか楽しめないかというとそんなことはまったくない。なぜなら、これはギャンブル小説ではなくて、ギャンブラー小説だからだ。競輪選手を主役にした話はひとつもないし、選手がレースのアヤを語ったりもしない。ここで描かれているのはあくまで「人間」。佐藤正午の他の小説がそうであるように、人と人が出会ったり別れたりする中で、何かが変わったり、変わらなかったり。何かを得たり、失ったり。運命にもてあそばれる人々のおかしみやその変遷、人間心理の妙等々、ストーリーを通してじわじわっと心に迫って来るものがある。これこそが佐藤正午の小説を読む醍醐味なのだと思う。

 

 ある出来事をきっかけに車券を買わなくなった男が会社の金を持ち逃げした兄を追い競輪場へと向かうラストの一編「人間の屑」が何といっても秀逸だ。

 

◯佐藤正午、その他の本の書評はこちら

  

 2012.4.1 残念ながら今の日本にはエイプリルフールを楽しむ余裕もなさそう。読書は朝井リョウ「少女は卒業しない」がもうすぐ終わる予定。

 

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