解説で柴田元幸氏がこの小説は「細部まで抑制が利いていて、入念に構成されていて、かつ我々を仰天させてくれる、きわめて希有な小説」と書いている。カズオ・イシグロの最高傑作と言われるこの長編は本当にすごい小説だ。ただ、その抑制の利いた文章に最初はいらだつ人がいるかもしれない。しかし、この文章があってこそ主人公たちの哀切な青春が見事に浮かび上がってくることも確かなのだ。
そして、その内容。これもちょっと言うことができない。そんなに終盤ではなく、主人公たちが何者なのかはわかるのだけど、やっぱりこれはまっさらな、何も情報がないままで読んだ方が絶対にいい。そういう物語だ。たとえばここに登場するのは「提供者」と呼ばれる人々、彼らを助ける「介護人」、「保護官」と呼ばれる教師たち。主人公は「提供者」たちがいる施設ヘールシャムの生徒であるキャシー・H(彼女は後に優秀な介護人になる)、その親友のルースとトミー。青春のただ中を生きる彼らを待つ残酷過ぎる運命とは…。ルースが探す「ポシブル」とは…。
この物語はSF的な要素を含みながらもその完成度はまさに「世界名作文学全集」に入っている作品のようだ。淡々としながらも深くせつないラストがたまらない。
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