「親父さんは男の子二人と両手をつないで、銀座を歩くのが夢だったんだって…」という作者の弟の言葉で物語は始まる。日本橋にあった九代も続いた和菓子屋「立花屋」が小林の生家。その盛衰を描いたのがこの小説だ。冒頭の言葉、下町の和菓子屋の主人が抱いていた夢だが、この夢には父親のある種の甘さを感じる。当時、銀座を歩くのは「花道を歩く」ようなものだったというから、それはそれでわかるが、老舗の主人が口にするような言葉ではない。
この言葉を足がかりに、父のこと、銀座のこと、そして、立花屋があった日本橋のことと話は進む。さすが、小林信彦というか、このあたりの話の運びがとてもうまい。巻末の「創作ノート」に「ある人がこの小説を〈叙事詩〉と評した」と書いてあるが、うまいこと言うなぁ。自伝的な内容だが、サラッとして重くないのがいいのだ。
さて、この父親、実はエンジニア志望で商才などまるでない男だった。結局は彼が店をつぶしてしまうのだが、それは内因。外因として関東大震災があり東京大空襲がある。立花屋という老舗の話だが、実はこれ、「東京の下町」の崩壊の話ともいえるのだ。その辺りの展開の仕方がまたまた素晴らしい。そして、ラスト。話は現代に飛ぶのだけれど、これはちょっと出来過ぎ、というぐらいな話になる。でも、事実なんだよな。う~む、こんな終わり方、おもしろすぎないか!
◎「日本橋バビロン」は2011年9月、文春文庫で文庫化されました。
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