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【書評】西川美和「その日東京駅五時二十五分発」-主人公の中に人間を感じ、戦争を身近に感じる物語

 「夢売るふたり」の公開が迫っている西川美和監督の最新小説。タイトルだけでは内容がわかりにくいが、先の戦争の物語だ。1945年8月15日、東京発のこの列車に乗り主人公の吉井は友人と共に西に向かう。終戦のこの日、彼は故郷である広島に帰るのだ。吉井にとっての「戦争」は一風変わったものだった。戦争末期に召集された彼は、陸軍情報の根幹を握る東京の通信隊本部に配属される。そこで広島に「しんがたばくだん」が使われたことを知り、どこよりも早く敗戦を察知。なんと通信隊は玉音放送の前にさっさと解散してしまうのだ。

 

 実はこれ、まったくのフィクションではない、広島出身である著者の伯父の体験が元になっている。吉井のこんなつぶやき、「ぼくは国家とか民族とか、そんなものにほぼ何の関心も無い。ただ、怖い目にあわずに、小さな安全を確保された場所で、ひっそりと自分の生活を守っていられればそれでいい」。戦争らしくない戦争体験と弱っちい通信兵である主人公。だからこそ、これを読む僕らは彼がいる場所と地続きのところにいる自分を感じる。彼の中に人間を感じ、戦争というもの、そこにいた人々を身近に感じることができるのだ。

 

 広島に到着した吉井が見た故郷。その感慨が胸に迫る。同時に広島弁で交わされるある姉妹との会話に人間のたくましさを感じる。あとがきで、著者はこの小説は3.11と前後して書き進められたものだと語り、震災を経験しなければ「全く別のものに仕上がっていた」と書いている。伯父とのいきさつも綴られたこのあとがきも含めてこれは一つの物語である。

 

○この本は2014年12月、新潮文庫で文庫化されました。

2012.9.6 まだまだ暑いのに雨が降って、窓を閉め切っておかなくちゃならないなんて、何ということでしょう。こんな時、ノーエアコンはつらい。読書は宮部みゆき「ソロモンの偽証 第一部」に突入。ドキドキ。

 

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