映画監督でもある西川美和、小説家としての成長を感じさせる見事な一編だ。主人公は「衣笠幸夫」だという。のっけからカウンターパンチだ。その名前の話から始まるこの物語はしばらくはどこに向かって進むのか行方がわからない。読み進めると、なんと幸夫の妻夏子がバスの事故で死んでしまう。小説家・津村啓でもある幸夫は身勝手極まりない男で、しかも夏子との間は完全に冷め切っていた。それでも「妻を亡くした悲劇の小説家」を演じたりもするのだが…。
大きな転換点が訪れる。夏子の友人で共に事故死したゆきの家族、大宮陽一と真平・灯兄妹との出会いだ。忙しいトラック運転手の陽一に代わって兄妹と接しているうちに幸夫の心に今までとは違う感情が芽生えてくる。彼には夏子を亡くした喪失感などない。だって、愛してなかったんだもん。でも、幸夫は物語の終盤で「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」ことに気がつく。夏子としっかりと向き合わなかったこと、自分のことだけしか考えて生きてこなかったことへの痛恨!悔恨!彼は最後に「人生は他者だ」と気づき、初めて夏子の死を悲しむのだ。
西川美和は一人称、三人称と語り口を変え、さらに語る人を代えながら、このしょうもない小説家の変化を立体的に描いていく。映画がよくて小説も素晴らしくて、困っちゃうなぁ西川美和!あ、で、これ、彼女自身が映画化するらしい。観たいぞ、観たいぞ、早く観たいぞ。
○「永い言い訳」は2016年8月、文春文庫で文庫化されました
◯西川美和の他の作品の書評はこちら
2015.11.17 またまたリライトの仕事が舞い込むが科学分野でなかなか難しい。ちょっとプレッシャー。読書は長野まゆみ「冥途あり」。
【書評ランキングに参加中】
ランキングに参加中。押していただけるとうれしいです。