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【書評】水村美苗「母の遺産 新聞小説」-これは大人の女を描いて見事な小説らしい小説!

 「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」という強烈なコピーが話題になった水村美苗のこの小説、冒頭はその母の死から始まる。あの母がやっと死んだ、という興奮からなかなか寝付けない主人公の美津紀が姉の奈津紀と母が残した遺産について長電話をするのだ。2人にとって母親はわがままで自分勝手で父を見捨てたどうしようもない女だった。このおもしろすぎる書き出しから、物語は回想になり、病気になってからの母のこと、その母の生涯、さらには祖母の話へと歴史をたどっていく。同時に美津紀の屈折した心も描き出される。生と死、金、老醜、家系などなど、確かにリアルなことを語ってはいるのだが、教養小説のような趣きがあってなんともいい。

 

 副題的につけられた「新聞小説」だが、筆者には「私小説」「本格小説」という既刊がある。実際に読売新聞に連載されたものだったので、リンクさせる意味で付けたのかと思っていたら、全然違った。作中、美津紀の祖母が自らを重ね合わせたという「金色夜叉」のお宮の話がかなりのボリュームで語られるのだ。尾崎紅葉のこの作品は讀賣新聞に連載された新聞小説の大ヒット作だった。

 

 さて、回想を経て、物語が実際に母の死にたどり着くのはちょうど真ん中辺り。物語の後半は、母の死で虚脱状態の美津紀が長逗留を決め込む箱根のホテルでの話になる。そこで出会う自殺志望?の人々のこと、夫の女性問題など思いめぐらすことはあまりに多く彼女の気は少しも晴れない。それでも美津紀は新しい人生に向き合って行かなければならないのだ。ラスト近くでは、遺産等で彼女の元に入る金をこれからどう残し、どう生きていくかを思い悩む五十女がいる。最初のコピーで想像した下世話な物語ではなく、これは大人の女を描いて見事な小説らしい小説だった。

 

◎「母の遺産 新聞小説」は2015年3月、中公文庫で上下2冊で文庫化されました。

2012.10.31 このところちょっとコンペなどで忙しく、更新もそこそこでしたがやっと一区切り。これからまたいつものペースで。読書は角田光代「かなたの子」、ううむ。

 

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