妻の呼び声で下に降りていくと、速報が勘三郎の死を告げていた。8時からのワイドショーを見たがボ〜ッとしていて、少しもピンと来ない。カメラが小日向の自宅前に切り替わり、アナウンサーが「ご遺体は」と言ったとたんに何とも言えない哀しみが突き上げて来た。中村屋、死んじゃったんだ…。
僕は1986年ぐらいから歌舞伎をずっと観て来た。前の歌舞伎座が取り壊しになったとき、他にも理由はあったのだが、これで一区切りをつけようと思い、観るのを止めた。その間、一番の贔屓は勘九郎であり、勘三郎だった。若い頃は「勘九郎の会」なんて自分の会をやり、それだけでもスゴいと思っていたら、浅草歌舞伎、コクーン歌舞伎、平成中村座と次々に挑戦し、串田和美、野田秀樹、渡辺えり子、宮藤官九郎などの演出家とも仕事をした。突っ走って来たのだ。突っ走って来たから若くして死んじゃったなんて、そんなのはダメだ。芸は継承される、なんてことを言うがそんなの嘘っぱちだ。型(かた)は継承されるかもしれないけれど、芸はその役者と分ちがたいものだ。勘三郎が死んじゃったら彼の芸はもう終わり。2度と観ることはできない。息子勘九郎の襲名披露に最後までつき合えなかったこと、新しい歌舞伎座の舞台に立てなかったこと、勘九郎の長男の初舞台で共演できなかったことなど心残りはたくさんあるだろう。芝居もうまい、踊りもうまい、本当に華がある役者だった。
夕刊が来た。一面に「中村勘三郎さん死去」という文字。ただただ悲しく、ただただ寂しい。
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