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【書評】ソン・ウォンピョン「アーモンド」-この物語は僕らに問いかける。あなたのその感情は本物なのか?その共感という言葉は本物なのか、と

 

 韓国の映画監督ソン・ウォンピョンの初長編。国内で高い評価を受け、日本でも本屋大賞の翻訳部門の第1位に選ばれたばかり。新聞で大きな広告をうっているので気になった人も多いだろう。

 短いプロローグがあって、第1部。わずか7行の第1章で、ある殺傷事件の概要が語られる。母と祖母を含め7人の死傷者が出たその事件を「いつものように、無表情で」見つめていたのがこの物語の主人公ソン・ユンジェだ。タイトルになっている「アーモンド」は、脳にある扁桃体のこと。ユンジェは感情をつかさどるその部分が壊れていて「喜びも悲しみも、愛も恐怖も」ほとんど感じることができない。「感情という単語も、共感という言葉も」彼にとっては実感を伴わない文字の組み合わせに過ぎないのだ。

   第1部では幼い頃にその病を知った母親がユンジェが学校で生き延びるための方策をいろいろ教える様子が描かれる。しかし、忌まわしい事件のために母と祖母は彼の前からいなくなってしまう。その後、ユンジェは母が始めた古本屋を引き継ぎながら、それでも高校に通っている。

 感情のほとんどない彼は学校で怪物と呼ばれるようになる。そんな時、クラスにゴニという転校生がやって来る。幼い頃に親とはぐれ不良少年になってしまったゴニ。その無軌道な行動からこの少年もまた怪物と呼ばれる。ゴニはある事でユンジェを憎んでおり喧嘩を仕掛けるが、ユンジェは恐怖さえ感じない。不良少年を避けるクラスメイトとは明らかに違うのだ。ゴニはそのうち古本屋にも顔を出すようになり2人の不思議な交流が始まる。

 これはユンジェとゴニ、共に怪物と呼ばれるようになった2人の友情の物語だ。終盤、ゴニの失踪に続く出来事はまさに2人の絆を深めることになる。ゴニ奪還のためにユンジェが針金という不良たちのボスに立ち向かう場面は強烈な印象を残す。なぜユンジェはゴニを助けようとしたのか?感情のない彼を動かしたものは何なのか?ここには本当の意味での友情があり、魂と魂の触れ合いがある。同時にこの物語は僕らに問いかける。あなたのその感情は本物なのか?その共感という言葉は本物なのか、と。
DATA◆ソン・ウォンピョン「アーモンド」(祥伝社)1600円(税別)

 

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)

感情はない、共感もない。

でも、僕らには友情がある。

 

◯「アーモンド」は2024年7月、祥伝社文庫で文庫化されました。