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【エッセイ/書評】村上春樹「猫を棄てる-父親について語るとき」-これは戦争で人生を狂わされた一人の男の話

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 「猫を棄てる」というタイトルに違和感があった。父親の戦争体験の話だと聞いていたからだ。2つの猫の話に挟まれて父親のことが語られる。この構成がいかにも村上春樹らしい。最初の猫は棄てられたのだが棄てに行った村上父子よりも先に家に戻って来る。これは幼い頃、口減らしで養子に出された父親の話とリンクしている。最後の白い小さな飼い猫はするすると松の木に上ったまま降りて来なかった。この本には村上エッセイの魅力である上質なウイットや心踊る比喩はまったく存在しない。テーマがテーマということだとは思うが、2つの猫のエピソードが多少なりともそれを和らげている、ということは言えるだろう。うがった見方をするならば、猫で「壁抜け」?「猫抜け」?くぐり抜けなければ話せないことだってあるのだ。

 

   「羊をめぐる冒険」「ねじまき鳥クロニクル」「アフターダーク」、最新長編の「騎士団長殺し」などなど、彼の小説にはかなりの頻度で中国や満州が登場する。それは父親が対中戦争に徴兵され、参戦していたことが大きく影響しているのだろうか?村上春樹は父が所属していたのは南京陥落の時に一番乗りした(いわゆる「南京大虐殺」と関係の深い)連隊だと思い込んでいた。だからこそ「僕は父の軍歴について詳しく調べるまでに、というか調べようと決心するまでに、けっこう長い期間がかかった」。実際には違う連隊だったことが分かり「そのことを知って、ふっと気がゆるんだというか、ひとつ重しが取れたような感覚があった」と自らの気持ちを素直に語っている。

 

 父親については戦争体験だけではなく、俳句を作っていたこと、読書家であったこと、人生が自分の思いとは違う方向に流されてしまったこと。さらには父の父のこと(京都の名刹・青龍山安養寺の住職というのには驚いた)、その寺の後継問題、父と母のこと、親子関係と多岐にわたって語られている。やはり父親のことは村上春樹にとってどうしても書いておかなくてはならないことだったのだろう。

 

 本文の最後、そしてあとがきでも「一滴の雨水」「小さな歴史のかけら」ということを彼は書いている。戦争が市井の平凡な人間の人生を変えてしまったこと。村上春樹はそれを何らかの形で書き残しておきたかったのだ。そして、その向こう側に彼の小説がうっすらと透けて見えてくるような気がする。なんだか懐かしく、しかも不思議な魅力を持つガオ イェンさんのイラストがこの話にはとても合っている。
DATA◆村上春樹「猫を棄てる-父親について語るとき」(文藝春秋)1200円(税別)

 

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)

くぐり抜けなければ

話せないことだってある。

 

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 2020.5.28  緊急事態宣言はすべて解除されたけれど、終了のホイッスルが吹かれたわけではない。読書は片岡義男「彼らを書く」。

 

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