「あとがき」によると「歌集をまとめようと思うタイミングは、ふいに訪れる」そうだ。この歌集のきっかけはNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」への出演だ。取材の間に詠んだ歌を五十首の連作にまとめた時に「お、そろそろか!」と思ったらしい。同時にそれは彼女の還暦のタイミングでもあった。
歌集のタイトル「アボカドの種」の元になった一首が強烈!番組でも紹介されていたが陶芸家・富本憲吉の「模様より模様を造るべからず」という言葉から生まれた歌だ。
言葉から言葉つむがずテーブルにアボカドの種芽吹くのを待つ
この歌に出会えただけで「アボカドの種」という歌集には価値がある。俵さんは言う「心から言葉をつむぐとき、歌は命を持つのだと感じる」と。これは広告の仕事にも通じる。今は言葉からつむがれた言葉があまりにも多い。そして、下の句!その「創造に向かう言葉」をアボカドの芽吹きへとつなげているのが見事!
全体は1と2に分かれていて1は2022年秋以降、宮崎から両親のいる仙台へ越してからの時期。息子は東京の大学生に。2は概ね2020年夏から2年あまり。重なっている時期もあるが足かけ4年の歌たちだ。自らの病、コロナ禍、息子の受験、朝ドラ「舞いあがれ!」、ホスト万葉集、韓流ドラマなどなど、題材は本当に多彩。いくつか僕の好きな歌を。
不純物沈殿したるビーカーの上澄みの恋、六十代は
放射線からだに降らすこの春の白湯と桜の日々いつくしむ
リニアック室を出でたるのちに座すスタバに人の雑談まぶし
行き先を告げればタクシードライバー問わず語りに闘病のこと
イーロン・マスク氏、ツイッターをXに。
言の葉をついと咥えて飛んでゆく小さき青き鳥を忘れず「どうだった? 私のいない人生は」聞けず飲み干すミントなんちゃら
採血のたびに謝る看護師の声やわらかに針雨の降る
積み上げた本の背表紙確認しそっと引き抜くジェンガのように
「点滴の針は縫いちょきましょうね」と優しく針を抜かれちょる午後
三か月ぶりの病院に向かうとき同窓会のように化粧す
散歩してくるよとふいに立ちあがるおまえに渡す真夏のマスク
まんべんなく点を取ること大事かと問われてひるむ三日月の夜
尊敬と甘さと親しみ込めて呼ぶ「オッパア」我にも欲しきオッパア
耳遠くなって青葉の風吹いて母の小言は父に届かず
切り札のように出される死のカード 私も一枚持っているけど
やっぱり俵さんの短歌はいいなぁ、と思うけど、歌集は1つ1つをピックアップして紹介するより歌の連なりを読んでもらった方が絶対にいい。というわけで、ぜひぜひ!
◆DATA 俵万智「アボカドの種」(KADOKAWA)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)