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【書評】伊与原新「藍を継ぐ海」-直木賞受賞作!ただの感動物語ではなく人の弱さもしっかり描いて見事な短編集

 

 直木賞受賞作。全5編の短編集だ。日本のいろいろな場所が舞台になっている。山口の見島、奈良の東吉野村、長崎の長与町、北海道の遠軽、ラストの表題作は徳島の阿須町、ここだけは架空の町だがそれほど名の知られていない田舎の町を舞台にしているのがいい。

 ベストはやはり表題作「藍を継ぐ海」。主人公の中学生・沙月がアカウミガメの産卵巣から卵を盗み出すというスリリングな導入部。しかしそれは、親しい仲の70歳を過ぎたウミガメ監視員・佐和にすぐに気づかれてしまう。ここまでがプロローグ。沙月は若い頃に母を亡くしており父もいない。姉の未月は育ての親である祖父と相性が悪く東京で暮らしている。物語はティムというカナダからやって来た男の出現でウミガメをめぐる大きなストーリーへと発展していく。

 個人的にウミガメのことは少し知識があったのだけど生まれた地への帰郷、さらに産卵に至る「母浜回帰」のプロセスはあまり知らず驚いた。こういうドラマチックな生態を背景に物語は進んで行く。ティムがカナダで見つけたウミガメ、そのウミガメの番号付きタグ、その個体の正体と沙月と佐和の間にある大きな秘密。沙月と姉との物語を交えながら大団円へと物語は進んでいく。他の話も同様なのだが伊与原新の小説はただの感動物語ではなく、人の弱さもしっかりと描いていて奥行きを感じる。原発投下直後の長崎で様々な瓦礫を収集した男の姿が浮き彫りになる「祈りの破片」、隕石落下にまつわる物語「星隕つ駅逓」も好きだ。 ◆DATA 伊与原新「藍を継ぐ海」(新潮社) 

 

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)