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【書評】佐藤正午「熟柿」-今年のマイベストを争うであろう傑作!交通事故を起こし刑務所で出産、そのまま我が子と引き離された一人の「母」の物語

 

 いやぁ、これはまいったなぁ。結局はこのタイトルへと帰結する物語だ。最後に主人公かおりの望みが叶うのだが、そこで交わされる会話、その状況のあり様がなんとも見事で心が震えてしまう。その後に続く、彼女に心を寄せる土居さんとの電話での話もめちゃくちゃすごく、「間に合った、乗るべき電車にちゃんと乗れたよとわたしは言い、ほらね、と彼は答えて笑うだろう」という物語の全てを内包したような着地のフレーズにううむと唸った。未来を暗示するようなその言葉に大きな希望を感じ、安堵の思いでいっぱいになるのだ。とにかくこの終盤はすごい!佐藤正午「熟柿」は今年のマイベストを争うであろう傑作である。

 伯母さんの葬儀の夜に交通事故を起こし、ひき逃げで逮捕されたかおり。刑務所内で出産し、そのまま我が子と引き離されてしまう。何度か息子と会おうと試み、彼女は2度もパトカーで連行される騒動を起こす。そこから彼女の流転の日々が始まる。息子への思いを断ち切り、息子に遺産を残すため、生命保険の掛け金を払うためだけに働く日々。それは読者の共感を呼ぶことは間違いないけれど、個人的には息子である拓への思いが抑えられ過ぎている、という気がした。気がしたのだが、ラストを考えるとそれをあまり強く描いてしまうとあのラストは活きないのだ。佐藤正午、やっぱりすごい。

 助演的な人々が物語を支えている。友達の鶴子やいとこの慶太、中でも息子の同級生のくじゅうろさんとくじゅうろさんのお母さんの存在は母と息子にとってかけがえのないものになる。最後にかおりは故郷である千葉よりも最終的にたどり着いた地である福岡に里心を感じている。そこは流転を続けた彼女にとって、初めて見つけた安住の地なのかもしれない。必読! ◆DATA 佐藤正午「熟柿」(KADOKAWA) 

 

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)