伊与原新の直木賞受賞後の第一作。女性科学者の草分けである猿橋勝子の生涯を描いた伝記的な物語だ。伊与原さん自身が地球惑星科学の人で、「彼女の人生だけは、この手で書きたいー初めてそう思った科学者です」と書いている。猿橋勝子、そう!活躍が顕著な女性科学者に贈られる猿橋賞に名を残す人だ。
序章、猿橋の元で働いた奈良岡という男が彼女の墓参りに訪れる。そこで語られる「面倒くさいお人でしたよ。あなたは」という言葉。それをブリッジに勝子の物語が始まる。1920年生まれなので戦前、戦中、戦後が舞台だ。紫陽花が好きで雨が好きな彼女が「雨とは何だろう。なぜ降るのだろう」と疑問を持ったことが科学への関心の始まりだ。専門学校で物理を専攻し、中央気象台研究部(現・気象庁気象研究所)で働き始める。そこで地球化学の若き先駆者・三宅泰雄と出会い、彼の元で様々な経験を積むことで勝子は成長していく。その過程を伊与原はとても丁寧に描いている。
そして、広島・長崎への原爆投下。戦後のアメリカによるビキニ水爆実験、第五福竜丸の事件や死の灰による放射能汚染。勝子はそれらの測定に関わることで研究者としての信頼を得ていく。彼女と放射能との闘いを描くエピソードはどれも詳細でパワフルだ。
放射能分析法を巡りアメリカの権威と測定法の精度を競う第四章がクライマックス!彼女は常に後進の女性たちのために動き「猿橋賞」を作る。謙虚さも真面目さも度が過ぎている猿橋勝子という女性。奈良岡が「面倒くさい」と言ったのは彼女のそんな一面であり、それが後世に残る稀有な女性科学者を生んだのだと思った。彼女の人生を俯瞰するには最適な1冊。科学好きな人もそうでない人もぜひぜひ!
◆DATA 伊与原新「翠雨の人」(新潮社)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)