物語は2人の人間の失踪から始まる。東北から東京に出たまま行方の知れない娘佐藤可菜子、一方、出雲では鍛冶職人の老人佐田木泰治が突然姿を消した。この2人が東京湾で死体となって同時に発見される。刑事たちの地を這うような捜査が始まるが、犯人の手掛かりはまったくつかめず…。
去年ノリに乗っていた伊集院静の最新作。帯には「新しく、何かに挑もうと決めた。初めての推理小説を書くことにした」という著者の言葉がある。「社会派推理小説の傑作誕生」というフレーズも。人間描写が確かな伊集院静が書くミステリーなら期待できそう、と読み始めたのだが、これを「砂の器」や「飢餓海峡」という名作と一緒にするのは(これも帯にあり)ちょっと無理があるような気がする。「社会派」なのかも少々疑問だ。
作者がこの物語で力を入れて描いたのは、可菜子の祖父で彼女を捜すため上京してきた佐藤康之であり、佐田木泰治の孫娘由紀子だ。愛する者を失った被害者の家族である。彼らの慟哭こそを作者は描きたかったに違いない。それは確かに成功している。ただ、その分、事件をめぐる諸々のことが弱い。事件のプロセスや犯人の造形、その動機などが今ひとつピンと来ないのだ。刑事たちの奮闘ぶり、怪しい元刑事の存在、出雲の銅鐸の話など読んでいて飽きることはないのだが…。
やはり、推理小説と銘打った以上は核心の部分をビシッと書いて欲しい。それが描かれてこそ、被害者家族の悲しみもより伝わるはずだと思うのだ。
○この本は2014年5月、文春文庫で文庫化されました
○伊集院静の他の本の感想などはこちら
2012.1.21 芥川賞と直木賞、決まりましたね。またまたどれも読んでないけれど…。bk1「今週のオススメ書評」に椎名誠「そらをみてますないてます」が選ばれました。この小説、僕は大好きです。
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