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【書評】松家仁之「火山のふもとで」-人生の時間の豊かさ、美しさを強く強く感じる物語

 これは今年のマイベストかもしれない。まずいいのが、静謐で豊かで美しい文章だ。それはまるで、この小説の主人公坂西徹が勤める建築事務所の「先生」村井俊輔が作る建物のようだ。彼の建築は、でしゃばらず、しかし、時代に左右されない美しさを持っている。村井俊輔は脚光を浴びて派手に活躍するタイプではないが、日本を代表する建築家の一人だった。

 

 坂西が入所した1982年には先生はすでに七十代の半ば。彼の入所後に国立現代図書館という大きなコンペがスタートする。夏になると北軽井沢にある「夏の家」にその機能を移転する村井の事務所。物語の大半はこの「夏の家」を舞台に繰り広げられる。坂西の一人称で語られる小説は、夏の避暑地の情景を見事に描き出す。北軽井沢の澄んだ空気、そこにある樹々や鳥たちの描写がとてもいい。多岐にわたる建築の話、コンペ案を作っていくプロセスもまた興味深い。避暑地に住む老いた小説家や先生の「パートナー」との交流。そして、主人公の淡い恋。これも抑制の利いた筆致で描かれ、全体の調子を乱したりはしない。

 

 物語は4分の3を過ぎた辺りから、にわかに黒い雲に覆われ始める。読んでいるこちらの胸を不安がよぎる。そして…。若々しい夏の季節が過ぎて、10月半ばの北軽井沢、さらには、29年後の軽井沢へ。この小説には世の移ろい、人生の移ろい、人それぞれの変化と変わらないものが描かれている。さらに、人生の時間の豊かさ、美しさを強く強く感じる。作者の才能は希なるものであろう。「火山のふもとで」、これは、人生の中で何度も読み返したくなる特別な一冊だ。

 

 最後に作者について。松家仁之(まついえまさし)は「考える人」や「芸術新潮」の元編集長。新人のデビュー作となっているが、朝日新聞によると松家の作品は1979年に文學界新人賞の佳作に選ばれており、その時の阿部昭の選評に「作者はまだ二十歳だという。なにもそう急いで小説を書くことはないと私などは思うのだが」とあったという。(2012.6.27松浦寿輝「文芸時評」より)結果的にこの助言が効いたのか、作者は長い回り道?の末、33年後にこの小説で作家デビューを果たすことになったのだ。

              

 

2012.11.28 ジェフリー・ディーヴァー「バーニング・ワイヤー」を読み終えて、南伸坊「本人伝説」へ。年間ベストがあるので、あれとあれはどうしても読み終えたいのだけど…。

 

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