ううむ、これは今年のベスト候補かもしれない。ただ、この小説、書評を書くのが難しい。あまり言っちゃうとおもしろさが半減してしまう気がするのだ。伊勢物語をモチーフにした作品を作ってみないか、という誘いから始まったこの小説。彼女は池澤夏樹さんの「日本文学全集」で伊勢物語の現代語訳にも挑戦している。おそらくそこから来た話だろう。それにしても川上弘美はすごい。
まずは構成だ。「三度目の恋」は3つの章に分かれている。「昔の章」「昔昔の章」「今の章」。冒頭、主人公の梨子と女も男も周りにいる人間を虜にするナーちゃんとの関係が語られる。2人は結婚するのだが、ナーちゃんの恋の遍歴は結婚後も続く。この辺りから梨子は頻繁に夢を見るようになる。実はここからがメインの話。「昔の章」では彼女は江戸吉原のおいらんの夢を見る。「昔昔の章」では平安時代の姫さんに仕える女房の夢を見る。夢という現象を巧妙に使った川上弘美の技巧が際立つ。おいらんの時は自分が彼女の心に同居するような感じだったのが、平安の女房はまさに自分自身のようになってしまう。それは現代に生きる梨子とその暮らしをも侵食し、ナーちゃんとの関係も次第に変わっていく。
キーパーソンとして小学校の用務員だった高丘という人物が出てくる。彼は江戸吉原や平安の世にも姿を変えて現れてくるのだ。いくつかの道行きがあり、それはモチーフとなっている伊勢物語の主人公在原の業平のそれへと繋がっていく。川上弘美の平安時代の語り、描写がとてもよく、まさに平安の世に自らがいて、平安の世の恋を体験している気分になる。
平安時代の恋、平安時代の人々の解放的な欲望…。まさにこれは恋の物語、女性の物語なのだ。そして、梨子と共に僕らも、三度目の恋へと誘われていく。
DATA◆川上弘美「三度目の恋」(中央公論新社)1700円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
江戸吉原のおいらん、平安の女房、そして…
その恋は私の知らない恋でした。
◯川上弘美「伊勢物語」現代語訳が入った日本文学全集はこちら!
2020.12.2 ついに12月。政府がキチンとしたコロナ対策も打ち出せないうちに年末がやって来た。今週来週と感染者増えそうだなぁ。読書は朝井リョウ「スター」。
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