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【書評】村上春樹「街とその不確かな壁」ーこれは壁の内と外の物語であり、影とその本体の物語。作者が繰り返し問い続けているその問いが読む私たちにもまた突きつけられる


 全体は3部に分かれている。1部は17歳の「ぼく」と一つ下の「きみ」の話、そして、壁に囲まれた街で夢読みとして暮らす「私」の話だ。この中で「きみ」は「本当のわたしが生きて暮らしているのは、高い壁に囲まれたその街の中なの」と「ぼく」に伝える。それがどうやら「私」が暮らしている街のようでこの「私」は「ぼく」の年を経た姿のようだ。

 

 2部では40代になった「私」が住む福島の田舎町が舞台になっている。ここが一番リアルを感じる場所ではあるが実際のところはよく分からない。子易さんという魅力的なキャラが登場する。短い第3部は又壁の中の話に戻っている。

 

 壁の中で暮らす「私」は1部の終わりである決心をする。元の世界に戻ってもますます孤独になり更に深い闇に直面するだろう、そのために自分は残り、影だけが出て行く、と。「街とその不確かな壁」は壁の内と外の物語であり、影とその本体の物語だ。こちらで暮らすのかあちらで生きていくのか、そもそも壁とはいったい何なのか、自分のふりをして生きていくのか本当の自分として生きていくのか。村上春樹はこの大きな問いを、様々な作品を通して繰り返し問い続けている。ただその問いも答えも決して単純に導き出せるものではない。本体と影は「状況によって役割を入れ替えている」。そうすることで苦境を乗り越え生き延びていけるからだ。壁という存在は「疫病を防ぐため」にあるものだ。それは、「魂にとっての疫病」でもある。人によってはシェルターとしてそこが必要になることもあるのだろう。

 

 3部、イエロー・サブマリンの少年に促されるように「私」はさらに重要な決断をする。壁の街を立ち去るという決断。しかし、それを可能にするには「心からそれを望むこと」、自らの「分身が、あなたの勇気ある落下を外の世界でしっかり受け止めてくれることを、心の底から信じること」が必要だという。心のそこからそれを望み、心の
そこからそれを信じること!

 

 村上春樹の小説はこういう大きなテーマと同時に文体や様々な比喩が楽しみでもある。今回もその表現は冴え渡っている。2部、ブルーベリーマフィンの店の女性との会話やデートの様子が少しだけ心をフワリとさせてくれてうれしい。
◆DATA 村上春樹「街とその不確かな壁」(新潮社) 

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)

 

 

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