まず挑戦的なタイトルがすごい。朝井リョウは前々作「死にがいを求めて生きているの」、そして前作「スター」と大きなテーマに挑戦している。「正欲」は作家生活10周年記念の書き下ろし作品。今年のマイベストを争いそうな傑作だ。それにしてもこんなテーマを選ぶとは!!こういう物語を突きつけられて何も感じない人間がいたらちょっとおかしい。
プロローグ的な文章の中の一節、
多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。
という一文に驚く。さらに、ある「事件」について書かれた記事が提示され、そのあと本文が始まる。メインは3人の男女の物語。不登校になった息子がユーチューバーの真似事を始めて困惑する検事・寺井啓喜。引きこもりの兄の行状がトラウマになっている大学祭の実行委員・神戸八重子。人には言い難い秘密を抱えた寝具店で働く女性・桐生夏月。彼らに複数の人間が絡んで、各々の話が微妙につながりを持ってくる。
これは夏月たちが「生まれたときに搭載されてしまったオプション」の話だ。言ってしまっていいのかちょっと迷うところだが「特殊性癖」がテーマになっている。最初の引用文、多様性、と言いながら、当然のようにはじき出されてしまっている人々が世の中にはいる。様々な言葉が心を抉る。たとえば、
まとも。普通。一般的。常識的。自分はそちら側にいると思っている人はどうして、対岸にいると判断した人の生きる道を狭めようとするのだろうか。
生きていくために備わった欲求が世界のほうから肯定される。(中略)そんな景色の中を生きていたら、自分はどんな人格で、どんな人生だったのだろうか。
夏月が同じ性癖を持つ男と選んだある生き方。その中で感じる「あー死なない前提で生きているな」という思いの底知れなさ。さらに「まともじゃない」多様性を生きる大也という男が「まともな」多様性を大学祭で訴える八重子に吐露する言葉たち。このテーマをここまで踏み込んで書いた朝井リョウは本当にすごい。さらに、この現実を突きつけられた自分はこのことをどう受け止めたらいいのか。なんだか本を閉じながら呆然としてしまうような傑作小説だ。
◆DATA 朝井リョウ「正欲」(新潮社)1700円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
まともでも普通でも一般的でもない。でも
私たちも現実を生きている。
◯朝井リョウの他の本の書評はこちら
2021.7.28 メディアがオリンピック中心の報道になってコロナの話題が少なくなってる。でも東京は昨日過去最多。まだまだ増えそう。読書は今日マチ子「Distance わたしの#stayhome日記 」!
【書評ランキングに参加中】押していただけるとうれしいです。