17の章に分かれた長編小説。淡々としたタッチで描かれるストーリーは、読む者の手からスルリスルリとこぼれ落ち、なかなかその核心を掴むことができない。先日、野間文芸賞を受賞したまさに川上弘美らしい物語。
主人公の女性・朝見は幼少期を父が留学していたカリフォルニアで過ごし、そこで日本人の子供たちと友だちになった。そして、現在、コロナ禍の今を暮らす60代の彼女は小説家になり、いろいろあったがやっと日本に定住したアンや作詞家として活躍するカズなどかつての友だちと再会する。朝見は作者を彷彿させる人物として描かれている。
60代になって海外で幼い頃に出会った友と再会し、様々なことを語り合うという設定がまずいい。すでに半世紀という時が流れている。主人公たちは記憶の中にあるいろいろな過去を思い出し、その体験や思い出から得た何かを語り続ける。そこには幼年期を共に過ごしたからこその優しさがあり、60代になったからこその寛容と機智がある。
朝見とカズの再会は恋愛に発展するかと思ったがそうはならず、しかし、なんとなく会いたくなったり、そばにいて話をしたいと思ったり、恋のような恋ではないような、心地よさを感じる関係がなんだかいい。アンと3人で会ってたわいのないことを話す場面もなかなかだ。若草物語、能面、つげ義春、骨董、吉行淳之介や三島由紀夫、時々顔
を出すそんな話が物語のアクセントになっている。
◆DATA 川上弘美「恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ」(講談社)