帯に「最初で最後の青春小説」とある。松家さんは寡作の人だから青春小説はこれ一作で十分と考えたのだろう。自伝的な話なのかな、とも思ったがそうでもないらしい。時代は1970年代。主人公の薫は高2になってからなぜか学校に行けなくなってしまう。父も母も教師という家庭だが、両親は困惑しながらも、薫が夏の間、東京を離れ、大叔父の兼定が住む砂里浜(紀州・白浜を連想させる)で過ごすことを許す。兼定は薫の祖父の兄弟で、戦争で辛い思いをした彼は知り合いもいない土地に移り住み、ジャズ喫茶を開いている。
薫はなるベく遠くへ、という思いと、はぐれ者のような兼定という人間への関心、ジャズ喫茶への興味があった。兼定の店にはある日フラリと現れ、店を手伝うようになった岡田という青年が働いていた。岡田は如才なく働くが愛嬌はなく、それでも人を惹きつける不思議な魅力を持っていた。何も出来ない高校生の薫だが、店を手伝っているうちに学校という不自由な場所にいる時とは違う思いを少しずつ抱くようになる。そこには兼定と岡田、2人の大人の男の影響が大きかった。ゆっくりとほどけてゆく薫の日々を松家はていねいに描いていく。
砂里浜の日々の描写、そこにはいつもジャズが流れ、海からの風を感じ、どこか倦むような気配がある。タイトルの「泡」は儚く消えてしまう青春の日々の象徴でもあるが、空気の吸いすぎでガスが溜まる薫の呑気症という病気に繋がっていくのが面白く、根底にあるペーソスを支えている。 ◆DATA 松家仁之「泡」(集英社)1500円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)
そこに行けば、僕は
何かが変わるのだろうか?
◯松家仁之、その他の本の書評はこちらから!
2021.5.12 今日から緊急事態宣言延長。でもさぁ、吉祥寺の商業施設なんてかなりの店が開くようになっちゃったんだけど。いいのか?読書は宮部みゆき「魂手形」!