燃え殻の初めての小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」は2017年の年間マイベストの2位に選んだぐらい大好きな話だった。そして、第2弾の「これはただの夏」、夏の初めから始まる数日間の物語。テレビ番組の美術制作会社に勤める主人公はすでに40代の半ば。
体はガタつき、感情のアップダウンは鈍麻し、ご臨終を迎えたときの心電図みたいに波打たなくなっていた。
そんな男が知人の結婚式でやたらとエロい女性と知り合いになる。彼は酔っていてあまり記憶がないのだが、2人は深夜の街を歩きながらずっと話続けていたらしい。そして朝の8時、ファミレスで目覚めた。それがすべての始まり。彼女の名前は優香。その日さらに彼は同じマンションに住む10歳の女の子・明菜と出会い、3人の不思議な交流が始まる。「ボクたちはみんな大人になれなかった」は回想として語られる90年代を舞台にした話だったが、これはオリンピックを2年後(この時点では)に控えた2018年の話だ。
優香の仕事のヒミツ、明菜とその母の関係、仲のいいディレクター大関の病気のことなどが静かに絡み合いながら物語は進んで行く。燃え殻の書く物語はなんだか不思議で特に新しい感じもしないのだが、その文章には強く惹かれるものがあり、いつの間にか彼の書く世界に引き込まれて行く。風景描写が素晴らしく、時々心に響く言葉に出会う。
男には人々が楽しんでいる最中に「この祭はもうすぐ終わってしまう。だって、こんなに楽しいんだから」と思ってしまう癖がある。
ラスト近くの区民プールのシーンがいい。そこには明菜がいて優香がいる。遊泳終了の場内アナウンス。「いつかまた、みんなでここに来ようよ」と明菜が言う。そして…。やっぱり燃え殻の物語は好きだ。夏の終わりに読んだ短い夏の物語。
◆DATA 燃え殻「これはただの夏」(新潮社)1450円(税別)
◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピーです)