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【ノンフィクション/書評】鈴木忠平「嫌われた監督」ー落合博満 2004-2011、8シーズンでリーグ優勝4回。嫌われた監督は本当に嫌われていたのか?

 

 この本、前半のクライマックスは2007年の日本シリーズ、8回パーフェクトの中日・山井の交代劇だ。勝てば日本一が決まる一戦でのこと。落合は山井に代えて9回から絶対ストッパー岩瀬を投入する。「なに考えてるのか分からない」、それが当時のマスコミの落合評だった。「嫌われた監督」は2004年の就任から2011年の退任までの8シーズンの話だが、ただ落合を追うのではなくシーズンごとに選手やスタッフを選び、そこから逆照射する形で監督・落合博満を描いている。このアプローチと構成がなんといっても見事だ。

 筆者は当時、中日担当のスポーツ記者だった。これは落合の側にいた人間だから書けた1冊ではあるけれど、それだけでは書けなかった1冊でもある。「ひとりで来る奴には喋るよ」という落合の家に当時はボンクラ記者であった鈴木は疑問が生じるたびに何度も通った。そうしながら少しずつではあるけれど落合の信頼を得ていく。山井交代の後にも落合は選手のWBC辞退などで様々な波紋を呼んだ。鈴木は落合と深く関わり合いながらも彼のことが理解できたり、できなかったりを繰り返す。そこが人間・落合博満の不思議なところでもある。

 

 落合監督は8シーズンでリーグ優勝4回、日本一1回という文句のつけようがない成績を収めている。そんな落合が選手に求めてきたことはただ一つ。「球団のため、監督のため、そんなことのために野球をやるな。自分のために野球をやれ」ということ。ただそれだけだった。そして、リスクや不確実性を取り除き勝利の道を邁進した。2011年、シーズン中に落合の退任が発表されてから、中日は驚くべきハイペースで勝ち続けリーグ優勝を果たす。優勝前夜、鈴木が訪れたマンションで落合が見せた恍惚とも言える表情!それは、落合が言い続けたことを選手が理解し、中日というチームが変わったことに対する喜びだった。この場面は身震いするぐらいすごい。

 

 そしてもう一つ、鈴木が中日担当を離れることを告げに行った時の落合の言葉。「お前がこの先行く場所で、俺の話はしない方がいい。するな」「お前はこれから行く場所で見たものを、お前の目で判断すればいい。俺は関係ない。この人間がいなければ記事を書けないというような、そういう記者にはなるなよ」、この言葉こそまさに落合博満という人間だと思う。こんなことまず言えない。「嫌われた監督」は落合と選手たちの物語である。同時に落合博満と鈴木忠平の魂の物語でもあるのだ。

◆DATA 鈴木忠平「嫌われた監督」(文藝春秋

◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)