高瀬隼子の芥川賞受賞後の第1作。ちょっと長めの表題作「いい子のあくび」と「お供え」「末永い幸せ」の短編2作を収録。どれもおもしろい。
「いい子のあくび」はスマホを見ながら自転車をこいで前方からやって来た男子中学生に「ぶつかったる」とそのまま身を投げ出した女性の話。自転車スマホなど「絶対に許さない」「わたしは正しい」とぶつかったのだが相手は自転車ごと倒れ、車に轢かれそうになる。高瀬隼子の物語は、人の心の中に棲む、悪意や冷徹さがその中心にある。それはある意味、人間としての「本音」でもある。だからこそそこに読む側の共感が生まれる。
主人公・直子の行動はちょっと変わってはいるが、冷静に考えれば自分の中にも確かにあるものだ。そういういろいろな意識をすくい上げて物語の中にはめ込んでいるのがこの作者のすごいところであり、怖いところでもある。直子には結婚を意識して付き合っている大地という男性がいるのだが、自分がとんでもないことを考えていることを少し引け目にも感じている。
友人である望海と合同研修会で知り合った圭さんとではまったく別の顔を見せる直子。基本的にいい子で通ってる彼女が最後にまたまた思い切った行動に出て、とんでもないことになるエピソードがすごい。こういう人の心の中にある「なんかおかしい」ことへの本当の気持ちを露出されていく物語には他にはない引力がある。高瀬隼子は人間を見る目が鋭い。短編2つも読み応えたっぷりのおもしろさ。ぜひ!
◆DATA 高瀬隼子「いい子のあくび」(集英社)